民事訴訟法 第247条(自由心証主義)
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裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。
この条文の基本情報
自由心証主義とは何ですか?
定義自由心証主義とは、民事訴訟法第247条に定められた規定で、「裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。」と規定しています。
出典:e-Gov法令検索(デジタル庁)
- 民事訴訟法第247条(自由心証主義)は、日本の民事訴訟法に含まれる条文です。
- 民事訴訟法第247条の条文原文は「裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。」で始まります。
- 民事訴訟法第247条は第五章 判決に置かれています。
- 民事訴訟法の公布日は平成8年6月26日です。
- 民事訴訟法について、LawPlayer が e-Gov法令検索から取得した令和8年7月4日時点では廃止情報はありません。
- 民事訴訟法第247条の前の条は民事訴訟法第246条です。
- 民事訴訟法第247条の次の条は民事訴訟法第248条です。
- 民事訴訟法第247条には、要件・効果とよくある質問をまとめた解説が本ページにあります。
この条文を引用する
下の三行はそのまま引用に使えます(法令番号・条番号・出典・取得日を含みます)。
- 正式書式
民事訴訟法(平成八年法律第百九号)第247条 - 官報・e-Gov
e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109 - 本サイト収録
民事訴訟法(平成八年法律第百九号)第247条(LawPlayer 収録、取得日 令和8年7月4日)https://lawplayer.com/jp/article/408AC0000000109/247
わかりやすく解説 AI による整理。効力は条文原文が基準です
要点民事訴訟法247条は自由心証主義を定め、裁判所は口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果をしん酌し、自由な心証で事実を認定する。ただし論理則・経験則に拘束され、判決理由での説明義務を負う。
Q · 証拠さえ全部揃えれば、裁判は必ず勝てるんですか?
勝てるとは限りません。出し方と全趣旨も判断材料です
民事訴訟法247条の自由心証主義では、裁判官は証拠調べの結果だけでなく『口頭弁論の全趣旨』もしん酌して事実を認定します。つまり、あなたの供述の一貫性、証拠を出すタイミング、法廷での態度まで含めて心証が作られます。同じ書面を提出しても、証明度(高度の蓋然性)に届くかどうか、相手の反論がどこで崩れるかで結論は逆に傾きます。証拠は素材であって結論ではなく、論理則・経験則に反する認定なら上訴で覆せる余地もあります。
解説
契約書という動かぬ証拠を握っているのに、なぜか裁判で負ける人がいる。逆に、紙の証拠がほとんどないのに勝つ人がいる。その分かれ目を握っているのが、民事訴訟法247条の自由心証主義だ。裁判官は証拠を機械的に点数化するのではない。口頭弁論の全趣旨、つまり、あなたが法廷でどう振る舞ったか、主張をいつ出したか、話に矛盾がないか、相手の反応はどうだったか、その一切を「しん酌」して、自由な心証で事実を認定する。ここで誤解してはいけない。「自由」とは気分次第という意味ではない。裁判官は論理則と経験則に縛られ、判決理由でなぜその心証に至ったかを書く義務を負う。だが裏を返せば、提出する証拠が同じでも、出し方、タイミング、そしてあなた自身の信用性によって、裁判官の心の天秤は傾く。証拠を集めることと、それをどう見せるかは、まったく別の技術なのだ。
法的な位置づけ
自由心証主義とは、証拠の証明力の評価を法律であらかじめ定めず、裁判官の自由な判断に委ねる原則をいう。民事訴訟法247条が根拠であり、裁判所は口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果を総合してしん酌する。ただし評価は論理則と経験則に拘束され、判決理由での説明義務を伴うため、恣意的な認定は許されない。
手順
- 1.証拠を一本のストーリーとして組み立てる 証拠を『集める』段階で止めず、それが経験則上ひとつの自然な絵を描くか確認する。間接証拠でも時系列で整合すれば事実認定は可能なため、断片を物語として接続する
- 2.決定的な証拠は早期に提示する 核心となる証拠を終盤で小出しにすると『なぜ今まで隠していた』と全趣旨で疑われる。早い段階で提示して相手に防御を迫る方が、裁判官の心証は安定して自分側に固まる
- 3.相手が握る証拠は文書提出命令を申し立てる タイムカード・ドライブレコーダー・社内文書など相手が独占する証拠は、文書提出命令(民訴220条以下)を申し立てる。相手が従わなければ民訴224条の真実擬制が働く
- 4.供述を最初から最後まで一貫させる 供述の変遷そのものが全趣旨として不利に作用する。記憶が曖昧な点は『曖昧』と正直に述べる方が、無理なつじつま合わせより信用される。法廷での小さな嘘は全主張を道連れにする
よくある質問 AI による整理
Q1自由心証主義とは何ですか?
証拠の証明力の評価を法律で固定せず、裁判官の自由な判断に委ねる原則です。民事訴訟法247条が根拠で、口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果を総合してしん酌します。
Q2法定証拠主義との違いは何ですか?
法定証拠主義は証拠の評価方法を法律で固定しますが、自由心証主義は裁判官の自由な評価に委ねます。事案ごとの実質的判断を可能にするため日本は後者を採用しています。
Q3口頭弁論の全趣旨とは何を指しますか?
証拠調べの結果以外の一切の訴訟資料、つまり当事者の主張のタイミング、供述の一貫性、態度、相手の反応などを指します。これも事実認定の判断材料になります。
Q4自由心証主義に例外はありますか?
あります。自白した事実や顕著な事実は証明不要(民訴179条)、文書提出命令違反による真実擬制(民訴224条)など、法律が心証形成を修正する場面があります。
Q5経験則違反があれば判決を覆せますか?
覆せる余地があります。自由心証は論理則・経験則に拘束されるため、これに反する認定や判決理由の不備は、控訴審・上告審で採証法則違反として争えます。
Q6自由心証主義はどの条文に規定されていますか?
民事訴訟法247条に規定されています。旧民訴法185条が平成8年改正で現行247条に移され、口語化されましたが、原則の実質は維持されています。
Q7文書提出命令に従わないとどうなりますか?
民訴224条により、裁判所は提出を求められた文書に関する相手方の主張を真実と認めることができます。証拠を隠す行為が逆に不利な心証を生みます。
Q8損害額が立証できない場合はどうなりますか?
民訴248条により、損害の発生は認められるが額の立証が極めて困難な場合、裁判所は口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果から相当な損害額を裁量で認定できます。
この条文についての質問 AI による整理
Q1証拠がちゃんと揃ってるのに、裁判で負けることって本当にあるんですか?
あります。247条は証拠調べの結果『および口頭弁論の全趣旨』をしん酌すると定めており、あなたの供述の一貫性、証拠を出すタイミング、法廷での態度まで含めて総合判断されるからです。実務のポイント:弁護士が依頼者に口を酸っぱくして言うのが『余計なことを言うな、聞かれたことに正確に答えろ』。証人尋問で一つ嘘や誇張がバレると、裁判官はあなたの証言全体を割り引いて見る。証拠の山より、たった一つの綻びが致命傷になる
Q2裁判官の『自由な心証』って、結局その人の気分や好み次第ってことですか?
違います。『自由』とは恣意の自由ではなく、論理則と経験則に従う限りで証拠の評価方法に法定の縛りを設けないという意味です。裁判官は判決理由で、どの証拠からどう事実を認定したかを説明する義務を負います(民訴253条)。実務のポイント:この『理由を書く義務』が、あなたの逆転の武器になる。経験則に反する認定や、重要な証拠を無視した判決理由があれば、控訴審・上告審で『採証法則違反』として破棄を狙える。負けても判決理由を精読する弁護士は、ここを探している
Q3民事では、どのくらい証明できれば勝てるんですか?刑事みたいに『疑わしきは罰せず』ですか?
刑事ほど厳格ではありませんが、民事でも『高度の蓋然性』、通常人が疑いを差し挟まない程度の確信が必要です(最判昭和50.10.24、ルンバール事件)。五分五分では勝てず、立証責任を負う側が天秤をはっきり自分側に傾ける必要があります。実務のポイント:だから立証責任をどちらが負うかが勝敗の分水嶺になる。同じ事実でも、自分が証明する側か相手が証明する側かで難易度が逆転する。提訴前に『この事実は誰が証明する責任を負うか』を整理するだけで、勝ち筋が見える
間違えやすい点 AI による整理
- 「証拠さえ揃っていれば必ず勝てる」と思われているが、247条は証拠調べの結果に加えて口頭弁論の全趣旨も判断材料にすると明言している。同じ書面を出しても、提出のタイミング、あなたの供述の一貫性、相手の反論の崩れ方で、裁判官の心証は天と地ほど変わる。証拠は素材であって、結論ではない
- 「自由心証主義」という言葉自体は知っている人でも、その『自由』に縛りがあることの重みを軽く見ている。裁判官の判断は論理則と経験則に拘束され、判決理由で心証形成のプロセスを説明する義務がある(民訴253条)。だからこそ、この経験則に反する認定や理由不備があれば、控訴審・上告審でひっくり返せる。『自由』は攻撃の入口でもある
- あなたから見れば「自分は真実を述べている」だが、裁判官から見れば「真実かどうかは、立証の度合いで決まる」。民事の証明度は『高度の蓋然性』、通常人が疑いを差し挟まない程度の確信が要る(最判昭和50.10.24、ルンバール事件)。この落差を知らずに『本当のことなのに信じてもらえない』と憤る人は、立証という作業をそもそも始めていない
| 比較の観点 | この条文 | ほかの条文 |
|---|---|---|
| 条文の役割 | 247条:証拠の自由評価で事実を認定する原則 | 224条:文書不提出による真実擬制(心証の法定的修正) 248条:損害額の裁量的認定(自由心証の延長) |
| 適用場面 | 事実認定全般、証拠の証明力評価 | 相手が文書提出命令に従わない場面 損害発生は認められるが額の立証が困難な場面 |
| 自由心証との関係 | 原則そのもの | 心証形成を法律が一部修正 心証による額の補完を明文で許容 |
| 覆せる手段 | 論理則・経験則違反、理由不備として上訴 | 正当な不提出理由の主張立証 損害発生自体の否認、額の合理性の争い |
他国ではどう定めているか 4 か国
台湾も自由心證主義を採用し、法院が全弁論の趣旨と調査証拠の結果を斟酌する点で日本247条とほぼ同型。同じく経験法則・論理法則による拘束を受ける。
韓国も自由心証主義(자유심증주의)を採用。日本法を継受した系譜にあり、弁論全体の趣旨と証拠調べの結果を総合して社会正義と衡平の理念に従い判断する旨を規定。
自由心証主義の源流。裁判所は弁論の全趣旨と証拠調べの結果に基づき自由な確信により事実を判断し、確信形成の理由を判決に記載すべきとされる。日本247条の母法。
米国は法定証拠主義を採らず、trier of fact(陪審・裁判官)が証拠を自由に評価する。民事の証明度は preponderance of the evidence(証拠の優越)で、日本の高度の蓋然性より低い。
AI による対応参考であり、公式の対照ではありません。各国の原文が基準です
想定される場面と対応 AI による整理
こんなときに使う
- もし、あなたが完璧な契約書を持っているのに、相手が「あの契約書はサインを偽造された」と言い張ったら、どうなる? 裁判官は印影から二段の推定(民訴228条)を働かせつつ、あなたと相手それぞれの説明の自然さ、当時のやり取りの記録、全趣旨を総合して真偽を決める。書面の存在だけでは勝負は決まらない
- 貸したお金を返してもらえず、借用書はないが LINE のやり取りは残っている。「証拠が弱いから無理」と諦める前に知っておくべきは、自由心証主義のもとでは、断片的な間接証拠の積み重ねでも、それが経験則上ひとつの絵を描けば事実認定は可能だということ。証拠の種類より、ストーリーの整合性が効く
- あなたが被告側で、一度は「覚えていない」と言ったのに、後から「やっていない」と主張を変えた。この供述の変遷そのものが全趣旨として不利な心証を生む。法廷でついた小さな嘘一つが、あなたの本当の主張まで信じてもらえなくする
- 交通事故で、相手が「文書を出せ」と求められたドライブレコーダーの映像を「壊れて消えた」と言って提出しない。あと一回の期日で証拠調べが終わる。提出命令に従わなければ、裁判所はあなたの主張を真実と認めることができる(民訴224条)。相手の不提出が、逆にあなたの追い風になる瞬間がある
- 残業代を請求したいが、会社がタイムカードを握って出さない。労働者側は自分の手元のメモや LINE の打刻記録しかない。それでも、会社が記録を独占して開示しない態度自体が、裁判官の心証で労働者側に有利に作用しうる
取るべき行動
被害を受けた側:1. 証拠を『集める』段階で終わらせず、それが一本のストーリーとして経験則上自然に見えるか組み立てる2. 決定的な証拠は早期に提示し、相手に防御を迫る。後出しは全趣旨で不利3. 相手が握る証拠(タイムカード、ドラレコ、社内文書)は文書提出命令(民訴220条以下)を申し立てる。不提出なら224条の真実擬制が働く4. 自分の供述は最初から最後まで一貫させる。記憶が曖昧な点は『曖昧』と正直に言う方が、つじつま合わせより信用される
訴えられた側:1. 否認するなら、相手の立証の弱点(証明度に届いていない点)を具体的に突く。単なる『知らない』では全趣旨で不利2. 供述を途中で変えない。変える必要があるなら、変わった合理的理由を先に説明する3. 自分に有利な証拠があれば早期に出し、隠していると疑われる材料を残さない4. 相手の主張の時系列上の矛盾を一覧化して提出し、裁判官の経験則を自分側に引き込む
時効(請求できる期限):自由心証主義そのものに時効はないが、証拠と主張の提出には適時提出主義(民訴156条)が働き、時機に後れた攻撃防御方法は却下されうる(民訴157条)。事実審の口頭弁論終結時までに出し切らないと、その後は原則として新証拠を出せない。実質的な締切は『口頭弁論の終結』である
学説
通説:247条の自由心証主義における『自由』は恣意の自由ではなく、論理則・経験則に従う限りで証拠の評価方法を法定しない趣旨とされる。判決理由での説明義務(253条)と上訴審査により、自由は客観的枠内に置かれると解する。
改正沿革 AI による整理
- 平成8年(1996年)民事訴訟法全部改正 旧民事訴訟法185条の自由心証主義を現行247条へ条文番号を移し、口語化。『口頭弁論ノ全趣旨及証拠調ノ結果ヲ斟酌シ』を現代語の『口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して』へ改めた。原則の実質的内容は維持された
改正の年表
- 1.明治23年(1890年) 新設:旧民事訴訟法において、ドイツ法を継受し自由心証主義(旧185条系)を採用。法定証拠主義を退け、裁判官の自由な評価に証明力の判断を委ねる原則を導入した。
- 2.平成8年(1996年) 改正:民事訴訟法全部改正。旧185条の自由心証主義を現行247条へ移し口語化。『口頭弁論ノ全趣旨及証拠調ノ結果ヲ斟酌シ』を現代語に改めたが、原則の実質的内容は維持された。
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